敬意
「敬意」とは、一見すると罠のような性質の一つです。当初は「健全な大人」の範疇に分類されていたものが、次第に「保護し養育する母親」の領域へと移行していくのです。その理由について、ここで説明しましょう。
「尊敬」という言葉を広い意味で捉えると、単に他人に好印象を与えたり、礼儀正しく「ポリティカル・コレクト」であるという教育を超え、他者をありのまま、その考え方や言動そのままに受け入れるという波動へと私たちを近づけてくれます。
大文字の「尊敬」とは、他者をありのままに受け入れることと深く関わっています。そして「受け入れる」ことは、「感謝する」ことと同様に、愛の本質と深く結びついています。だからこそ、他者を無条件に受け入れるというイメージから、私たちは愚かにも、その尊敬を母へと、そして心の道へと近づけていくのです。

このエネルギーに満ちた「昨日」「今日」「そしていつの時代も」というイメージの中で、私たちは、7人の小人たち――それぞれが全く異なる個性を持つながらも、良き兄弟のような存在――を心から愛する白雪姫や、『スター・ウォーズ』でルーク・スカイウォーカーの師であり導き手であるオビ=ワン・ケノービと共に集います。

そして、放蕩息子のたとえ話に立ち返ってみると、家に戻ってきた息子を受け入れ、迎え入れるその父親は、息子が去るのも自由であり、戻ってくるのも自由だった。
敬意とは、特に、多様性という形で現れる私たちの違い――男性と女性、老人と少女、白人、赤人、黒人、黄色人種、この宗教やあの宗教――が生じた時に興味深いものです。なぜなら、自分自身を認識するのと同じ形と程度で、他者を認識するのは容易だからです

年長者を敬う心はなんと美しいことでしょう。かつての師は、今や私たちのメンターとなっています。
学びのプロセスへと生まれ変わった教育への一筆、
あなたにとって「子供」とは何でしょうか。満たすべき器でしょうか、それとも、これから物語が綴られていく真っ白なキャンバスでしょうか?

子どもが自分に自信を持てば、何をするにも他人の承認を求めることはなくなる。
– マリア・モンテッソーリ –
なぜか、若き日のオビ=ワンと年老いたオビ=ワン、師であり導き手である彼の姿、そして教育にまつわるこの一節と共に、マリア・モンテッソーリの姿が浮かび上がり、子どもの自律性と人間性を育むための9つの言葉が思い浮かぶ。
そして、ある言葉……
「統治する者は、統治しない者ほどよく統治する。」――老子――


